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*この論考は2012年時点でのサイトのメインの内容で、ムジコネの譜読みメソッドの紹介とそれと音楽教育全体との関わりを考察したものです。一部、現時点からの注を補足しています。

■ピアノ学習のブレークスルー

●ブレークスルー(突破口)はどこにある?

 ピアノがなかなか上達しない状態になってきたとき、それを打破するためにどんな手段があるのか?

 これは多くのピアノ学習者とピアノ教師が知りたいことでしょう。
 しかし、この疑問への答えをさぐるには、まずは現状を掘り下げる必要があります。「今の状態に何かをプラスすればブレークスルーできる」という考え方そのものが、自分を閉じ込めている学習停滞の檻の正体だったりするからです。

 いったいどんな壁に、どんなふうにぶつかっているのか?

 musiconation (ムジコネイション、略称はムジコネ)の新しいピアノメソッド開発は、このような学習者の状態を分析し、現状を根本から問い直しすることからはじまりました。

挫折とはなにか?

 まず念頭に置いていただきたいのが、musiconationのピアノメソッドの発想の原点が、「なせ成功したか」ではなく、「なぜ、ピアノ学習のほとんどが挫折したり、学習がすぐに停滞してしまうのか」という問題意識にあるということです。

 ここで、まずはじめの議論が起こるでしょう。それは、musiconationの「問題意識」は、そもそも共感されるものかどうかです。
 「挫折」や「学習停滞」という単語は、扇情的ではあるけど、共感を呼びやすいものとは言えないでしょう。

 そこで具体的に、挫折や停滞した状態を表すと、たとえば「譜面が苦手で、数少ないレパートリーだけを弾いて楽しむしかない状態で、新しい曲はなかなか習得できない。指の練習だけは時間を割いていたりする」といった姿になるでしょう。

 これに対して「本人がそれで楽しければいいのではないか」という反論が予想できます。

 「挫折は、本人が挫折感を感じない限り挫折ではない」というのは正論です。「上手い人は上手い、自分はそうではない。今は自分なりに楽しんでいる」も説得力十分です。

 ただし、ここでの諦念(あきらめを悟りに昇華)は、「ピアノ学習者がみんな同じ競争の土台に乗っている」という前提でなりたっています。
競争に脱落したら、あきらめるのが賢いからです(憧れ、あるいは嫉妬は持ち続けるかも知れませんが)。

 musiconationがそうした考えによらないのは、そもそも「ピアノ学習は他人との競争が本質ではない」と思うからです。
 その立場から見ると、ピアノ学習を「(ピアノ習得という)ゲームに挑戦したけれどレベル10でゲームオーヴァーだった」というゲームのようにとらえるのは、挫折感の裏返しではないかと感じられるわけです。
 なぜなら多くの人は、ピアノを習ったことは思い出にしかなっていないからです。
 「私は、小4で幻想が弾けるようになった」
 「私は中1までかかった」
 といった具合に、ゲームから脱落するまでに得たアイテムを語り合うように、レパートリーを語り合うわけです。

 musiconationでは、従来の教育方法で設定されている競争を支えるための、さまざまなモノサシにあまり意味をおきません(特定のテクニックについての短期的で具体的な到達目標以外)。
 「小4で幻想が弾けた」という人が、現在の20代(や30代~で、どういう幻想を弾けるのか、つまり、常に「いまの音楽との関わり」にフォーカスするのがmusiconationの考えの基本にあります。「音楽の旅はずっと続く」ということです。ちなみに、「幻想」とはショパンの幻想即興曲という有名曲のことです。ショパン自身はまだ世に出せる曲になっていないと考えてお蔵入りさせていた曲ですが、魅力のある曲なので誰もが知る曲となり、多くの学習者の目標となってます。

 そして、何より問題と感じるのは、かつてピアノ習得ゲームに参加した人が親となり、なんの疑問もなく、自分の子供を新たな戦士として送り込むということです。親がコーチ(鬼軍曹)でゲームに参加することも多いでしょう。

 このような環(わ)から抜け出して、自分が楽しむピアノにしていこうとするのが、musiconationの目的です。

 ピアノはゲームの道具ではなく、心を音楽と接続するための道具なのです。

ピアノ学習のロールモデル…従来

 現在のピアノ教育はいったいどのような学習者のロールモデル(行動のお手本となる人)を設定しているのでしょうか?
 基本的に現在のピアノ教育は子供からのスタートを前提として構成されているので、次のようになるでしょう。

 お手本:
 難易度によって並んでいる曲の階段をより高く上っていくために、まじめに努力する生徒

 もっと具体的にすると、たとえば、次のような表現になるでしょう。

 お手本:
 小学生○年生までに、チェルニーの○番が終わっているような子供

 しかし、これは指導者側からの理想像でしかありません。
 つまり、ロールモデル本人よりもそれを評価するモノサシのほうが主役になっているわけです。
 さらに、「まじめに」という単語を「指導者に従順」に言い換えてみましょう。

 お手本:
 従順で成績がよい生徒

 ということで、子供を習わせる親とまったく同じ視点に立っているといえるでしょう。
 そのため、子供がピアノが嫌になってやめていく場合も、教育メソッドそのものには批判は向かわず、やめる子供に対して「向いてなかった」、「才能がなかった」と宣言することで、教師、親、子供のみんなが納得できるようにはなっています。

 教育方法として「脱落者が多くても考慮しない」ことの是非が問われないまま続けられていくのも、こうしたことが理由からでしょう。習得方法を疑うという発想がそもそも生まれてこないわけです。
 そして、「ピアノは特別な才能を持つ人だけが弾けるようになり、ピアノを習わせるのは、そういう子供であるかどうかを見極めるため」という考え方が、常識として共有されるわけです。

 しかし、「大人からピアノを始める/再挑戦する」といったニーズが高まり、ピアノごっこではなく本格的に習得したいと願う大人が増えてくると、これまでの常識を前提にしたメソッドでは対応できません。
 musiconationが、これまでの「あたりまえ」を問い直し、ピアノ学習者の新しいロールモデルを思い描き、新しいメソッドを提案するのは、こうした状況があるからです。

ピアノ学習の壁

デッドロックの正体

 現在のピアノ教育では、次のような考え方が、ごく自然に「暗黙の了解」となっています。

  • ピアノの基本は白鍵
  • 暗譜を前提に読譜、覚えた部分で指の練習を繰り返す
  • 曲の難易度にしたがって習得していく

 確かに、これらの考え方自体には、否定べき要素は見当たりません。

 ピアノはその鍵盤の姿を見ても、ハ長調の音階(ドレミファソラシ)が白鍵として手前に並べられており、音階の並び方において、子供用のハーモニカと同じ姿をしています。ピアノ自身が、「これで入門しなさい」と言っているようなものです。

 練習についても、楽器を弾くための手や指の動きは学習しないとできないことです。ピアノの演奏を一連の動作として記憶して、それを繰り返し練習するのは、楽器に限らず、スポーツや踊り、また外国語の学習など、「習得」と名が付くものにすべてに共通する学習手順です。

 同じく習得のシナリオとして、やさしいことから初めて、だんだんと高度な技術を身に付けていくということも、ごく自然に受け入れられます。

 しかし、これらの「あたりまえさ」に、ピアノ学習の壁を作る原因がひそんでいます。

 なぜなら、これらの学習方針を実践する段階で、もっぱら指導者の視点で考えられるために、さまざまな先入観と誤謬が紛れ込み、結果的に学習者の立場が無視された形に変質してしまうからです。ピアノの学習者のほとんどが、2、3年で「ピアノを習ったことがある」という思い出だけでやめていくか、続けても学習が停滞してしまうという現状がそれを示しているように。

 では、デッドロック(行き詰まり/deadlock)の正体である先入観を洗い出していきましょう。

排除すべき先入観

 以下、順に捨てるべき先入観を解説していきます。

先入観: 白鍵が基本

 第一の先入観は「白鍵が基本でやさしい」という考え方です。
 「白鍵だけに注目すると小学生のハーモニカのように、ピアノを易しくとらえることができる」というのは事実ですが、ピアノとハーモニカが本質的に違う点も重要な基本であることが無視されています。

 それは、「ピアノは、ハ長調以外も簡単に演奏できる楽器」だということです。

 上のハーモニカの写真は、フォークやブルースなどで使われる「ブルースハープ」と呼ばれる種類のものです。♯や♭の音の穴は用意されていない代わりに、ハ長調用、ト長調用など、それぞれの調ごとの楽器に持ち替えて演奏したりします。(実際は、楽器を持ち替えなくてもテクニックで対応したりします)。

 一方、ピアノは白鍵だけでなく黒鍵も弾くことで、調によって弾く鍵盤を選べぶことで、楽器を取り替えなくてすみます。白鍵も黒鍵も、押すだけで簡単に音を出せることに変わりはなく、「鍵盤の選び方」だけの問題です。

 このとき、「初心者にはいろいろな調を教えるのは難しい」と指導者が判断すると、「入門者には白鍵だけの楽器であるかのように印象づけたほうが簡単」という指導方法になってしまいます。

 白鍵を基本にしているのは、「調は難しい」という考え方です。そして、これが次のような先入観や偏見を学習者に与えてしまうという問題につながります。

・黒鍵が苦手
・ハ長調が基本

 指導者が「次は黒鍵が増えた難しい曲に挑戦しましょう」などと言うことによって、これらの先入観を積極的に生徒に植え付けているのも大きな問題でしょう。

先入観: 黒鍵は難しい

 結論を言えば、黒鍵を難しいものにしているのは、白鍵で入門させ、白鍵だけで指の基本を作ろうとするからです。

 ショパンは、黒鍵を全部使う音階(ロ長調)を初心者の練習にふさわしい音階と考えていたと伝えれられています。指の構造からいっても合理的です。
 実際、ショパンのピアノ曲は黒鍵を弾くのが楽しい学習者にとっては、気持ちよく取り組める曲が多いと言えます。

 入門者がはじめから黒鍵と白鍵を区別することなく練習していけば、黒鍵が白鍵より打鍵位置が高いことに苦労しません。はじめに白鍵を基本とするから、苦労して黒鍵を弾くことになっているだけです。

先入観: ハ長調が基本

 なぜ、黒鍵をはじめから扱うのをためうのか?

 その理由は、「黒鍵を使う曲は譜面に♯や♭が登場するので、それを理解させるのが難しい」ということにあります。

 「ただでさえ、譜面を教えるのに苦労しているのに、さらに♯や♭の多い調はとんでもない」ということでしょうか。

 そのため、初心者は、長い間、ハ長調だけで練習し、その後、♯や♭がしだいに増えていく調の曲に「ステップアップ」していくという学習方法となります。
 このとき、♯や♭が増えることをステップアップとすることは、音楽的にはなんの意味もなく、むしろ次のような誤解を初心者に与えてしまいます。

 大いなる誤解: ♯や♭の多い調はハ長調が複雑に変化したものである。

 この偏見がピアノ学習者を挫折する最大の原因と言っていいでしょう。調はそれぞれが独立したものであり、「♯が3個の調は♯が2個の調をマスターしてから、その応用で習得していく」というのは学習の害にしかなりません。

 ハ長調は音楽の五線を使った記譜法の基本となっています。しかし、それはあくまでも、記譜法を考える上での便宜的(人為的)な基本であって、音楽的な基本ではありません。

 曲の難易度を調の♯や♭の数に比例させるのは、まったくのナンセンスです。音楽的に意味のない難易度を設定することは、読譜力を養成するときの障害にしかなりません。

 もし、はじめから譜面を図式的に読めるように訓練するメソッドがあれば、初心者から全部の調を平等に扱うことができ、それが読譜力を無理なく効率よく育てることにつながり、ジャズやポップスといったジャンルを超えた音楽にも適用できる本当の基礎力となります。

 そして、これがmusiconationのメソッドの立脚点となります。

先入観: 譜面を暗譜すれば楽になる

 譜面は難しい。読譜力は長期間の努力(と才能)によって、はじめて身に付けられるもの。

 この先入観によって、「読むのがたいへんでも指が覚えれば楽になる」と生徒が考えてしまうと、読譜力を高めようという動機がなくなり、譜読みは覚えるまでの苦行にしかなりません。これが、ピアノ学習を「調教芸」に向かわせます。

 一方で、「発表会で演奏する」ということが生徒への動機づけとなるため、曲の習得は「少しずつ指に覚えさせて譜面を見なくていいようにする」という学習方法になってしまいます。
 そして、家庭は特訓の場となります。譜面を覚えていくノルマにしか感じられない生徒は、譜面嫌いになってしまいます。

 もちろん、暗譜自体はピアノ学習にとって有用であり、いつでも弾けるレパートリーを持つことは、ピアノ学習の目標であることは変わりません。
 テクニックを付ける練習もピアノを「乗りこなし」ていくために欠かせないものです。
 

 しかし、それが調教芸である限り、学習者にとってのピアノは内発的な喜びを与えるものではなく、やがては練習という負担が「ほめられる」という報酬を常に上回り、「いっぱい芸を仕込めば、いつか才能が開花する」という楽観的な見通しで自分を支えることもできなくなるわけです。

 運良く、読譜力を身に付けられれば、こうした学習方法にも対応していけるでしょうが、そうでない場合は、挫折または停滞にしていくことになります。

 学習者が自分で譜面を読み取って解釈していく能力を養い、知らない曲でも自分で読んでいける読譜力を付けること。

 これを「暗譜してレパートリーにする」こと以上に、学習の目標としておくべきでしょう。それによって、レパートリーの準備としてではなく、本を読むようにピアノで譜面を読む楽しさを知るでしょう。テクニックの習熟レベルとは関係なく、自分なりの「向上」を追求していけます。

先入観: 難易度にしたがって習得すべき

 そもそも、曲をランク分けする難易度というモノサシが問題です。

 いったいどういった評価項目で構成された関数であるのか、明確な定義はありません。

 「この曲で、譜面の通りに指が動かすことができるのは、だいたいこのあたりのテクニックが必要」といった基準であることは予測できます。

 これはピアノ教師というよりも、テクニック鑑定士や調教師といった立場での発想にすぎないということです。

 もちろんテクニックという評価軸はあります。それは局所的なテクニックに限って評価すべきであって、曲全体をあたかも曲の価値であるように錯覚されるようにランク分けするのは問題です。

 無用な競争状態を生み出す原因がここにあるといえるでしょう。

 知らない曲でも自分で譜面を読んで楽しむことができる学習者は、基本的に「手当たりしだいに曲に触れていけばいい」ということです。手に負えないかどうかは学習者が判断すればいいことであるし、そうした判断をすることが、よい訓練になるでしょう。そのとき必要とされるのは、「読書案内」のようなガイドや、曲の難解さを理解し自分の課題に学習者自身が読み替えていけるような解説書だと言えるでしょう。

ピアノ学習のロールモデル…ムジコネ

 ここまでのことをまとめると、musiconationが想定する学習者のロールモデルとなります。次のようなものです。

お手本:

  • 譜面を読むことを楽しいと思う学習者
  • 知らない曲をどんどん読む探究心を持つ学習者
  • 白鍵も黒鍵も同じようになめらかな指で弾く学習者

 musiconationのピアノメソッドは、このような学習者(子供に限りません)を育てるために開発されたものです。こうした発想こそが従来の教育方法にとってのブレークスルーであり、学習者の目の前には、壁ではなく、探求していくべき世界、そこで自分が成長していくべき世界として音楽が広がっています。

幼児とピアノ教育

 「何かを学ぶには早くからはじめたほうがいい」というのは、どんな分野においても正しいと言えます。大人より子供が柔軟であるのは確かですから。
 しかし、その子供の柔軟性(可塑性という言葉のほうが適切)を強調しすぎるのは問題です。なぜなら教える側の大人がそこに甘えてしまうからです。無頓着に子供に無理強いしていることがないかどうかを厳密に検証する必要があるでしょう。
 たとえば、ピアノは大人サイズの楽器です。それを幼児に教えるのは「幼児に大人の靴をはかせて、それで歩く練習をさせている」ような側面を持ちます。
 そのため、うまく歩けないから「大人の靴をはいた幼児」のためのやさしい曲で練習させることになっていないでしょうか。
 「子供らしい演奏」は大人の幻想であったりしないでしょうか。
 また、大人サイズの楽器であるピアノで子供に「調教芸」として演奏させるために、大人顔負けの難しい曲を目標に「ピアノと格闘している」状態を強制していないでしょうか。
 ヴァイオリンやフルートは、もともと物理的に無理があるせいもあって、子供サイズの楽器があります。ピアノの学習においても、手が小さいうちは鍵盤ハーモニカやアコーディオンなどの小さい鍵盤で「楽器を楽に弾きこなす」感覚を身に付けさせる指導方針などもあります。
 一方、子供はピアノのリッチな響きに魅了され、弾きたいと渇望しているという側面もあります。musiconationは、その子供の気持ちをやさしくピアノと音楽につないであげる方法としてメソッドを開発しています。

 そして、なによりも重要なことは、いろいろなジャンルの素晴らしい演奏を聴かせること、音楽にとどまらず、素晴らしい芸術を体験させることです。
 幼児だから幼児向けというのは、子供の感受性や理解力や吸収力をばかにしています。「わからせる」ための解説は必要ありません。体験こそが重要です。

 西洋では、教会に行けば、子供がはしゃげない雰囲気で、クラシック音楽の土台のひとつである教会音楽にときに圧倒されながら触れることができます。また、祭りにおいては、楽器の名人や踊りの名人の技を自分の踊りながら体験できます。気軽な演奏会などもあるでしょう。
 そうしたことを踏まえ、現在の身のまわりの音楽の状況などを考えることは、社会の意識であり大人の責任でしょう。

■読譜力に才能は関係ない

読譜力は特別な能力ではない

 読譜力は、適切な訓練によって誰でも身に付け、伸ばしていける能力です。
 「三輪車の練習を続けていれば自転車に乗れるようになる」は間違いだと誰もが理解できます。また、「自転車には特別な才能がなければ乗れない」というのも間違いです。
 自転車に乗るためには、バランスを取る感覚を身に付けなければなりません。それと同じように、読譜力では「図式的な読み替え」能力が必要です。
 バランス感覚が「重心の移動を感じ取って、反射的に重心を戻す動作をする」という脳の習慣づけであるように、読譜力も「音符の情報を図式的に読み替える」という脳の処理の仕方の習慣づけが必要です。
 脳が譜面を処理する方法を身に付ければ、あとは「より多く、より速く」情報が処理できるように訓練していくだけです。
 musiconationが開発したツールは、こうした読譜力を養成するための自転車の補助輪にあたるものです。
 はじめのうちは「ふらふら」としか自転車に乗れなくても、そこで自転車に乗る楽しさを感じながら、どんどんといろいろな道を走っていくことでバランス感覚が発達していきます。そこから努力と才能によって曲芸の域にまで到達するわけです。
 それと同じように、初めのうちはたどたどしくても、譜面を読みながらピアノを弾く(これを譜読みといいます)喜びがわかってくると、あとは、どんどん譜読みをしていくだけです。才能というものが関係してくるのはこのずっと先のことです。

年齢は関係ない

 「はじめての譜面でもテンポを落とせば、初見でその音楽がどんなものかだいたいわかる」というくらいの読譜力を身に付けるのは難しいことではありません。
 また、学習者の年齢も関係ありません。
 ただし、大人ほど脳の習慣を変えていくのが時間がかかるという側面はあります。
 これは、大人が持つ分別力を、これまでの習慣に陥らないように集中することに使うことで、脳の反応を切り替える練習の効果を上げることもできます。
 なによりも必要なのは「それが到達可能だという意識」です。

 パソコンのキーボードを見ないでも思いついた文章を苦もなく入力していく、というのが、「ふつうに習得できる技術」になっているのと同じと考えるとわかりやすいでしょう。

緊張が学習を阻害する

 もっとも障害となるのは、

 「初見能力は特別な才能があるからできる」
 「読譜力が身に付くにしても、相当な時間と困難がつきまとう」

 といった思い込みです。
 不可能なもの、難しいものと思っていると、はじめから緊張した状態で練習に入ることになります。新しいアプローチに慣れるまでには、当然、違ったストレスがかかります。このストレスが先入観やこれまでの譜読みの習慣からくる緊張状態に加わると、大人ほどすぐにくじけてしまいます。
 緊張にストレスが加わると、軽いパニックとなり、「いらだち」や「羞恥」に近い感情まで出てくるかもしれません。

 もともと譜面に苦手意識がある場合、譜面を見ただけでパニックになっていると意識しておいたほうがいいでしょう。
 musiconationメソッドでは、そうした状況を回避するために、「ほかのことを考えたり、おしゃべりをしながら譜面を読んでいきましょう」と提案します。

 譜面の図式的な読み取り処理は、脳の譜面の情報処理の負担を取り除くためのものです。脳を軽く使わなければ意味ありません。
 脳が緊張しなければ、心が開きます。そうすると、自分の耳と指先の感覚も高まり本当の意味での集中が自然にできてきます。これによって自分自身で成長していけます。

 ピアノを他人に習っていても、自分を育てる最後の部分は自分で行わなくてはなりません。「リラックスしながら集中している」状態で、学習効果を高めましょう。

譜読みの基本は単純作業

 楽譜には音楽を再現するためのさまざまな情報が書き込まれています。そのうち、基本となるのは次の2点です。

  1. 音符の音の高さ
  2. 音符の音の長さ

 譜面を読むという作業は、これらを順次読み取っていく情報処理となっています。

 ピアノを弾くときは、まず音の高さ情報を読み取って、弾く鍵盤を特定できていないと、それをどのタイミングで弾いてどれだけ伸ばすのかという「音の長さ」の処理ができません。
 つまり、上記の基本的な2つの要素のうち、より重要なのは「音の高さ」です。これを「音高」といいます。
 そして、音高という情報は「機械的に読み取れる」というのも大きな特徴となっています。譜面を見てどの鍵盤を弾くのかは、幼児でも名演奏家でも変わりようがありません。解釈の必要のない情報です。
 一方、音の長さは、基本的にはテンポや拍子、音符に付く旗(長さを表す)で決まりますが、メロディの歌い方(フレージング)など、音の大きさも含めて、解釈によって全然違ったものになります。音高以外の情報は、すべて学習者の成長とともに、音楽的な解釈になっていくわけです。

 譜面が苦手は人は、音高の読み取りが「機械的に」できないことが第一の原因となっています。
 「譜面を読むというのは、音の高さと長さをメロディとして読み取ること」という思い込みがあると、緊張状態が高まるだけです。
 逆に、まず音高を単純作業として読みこなせていれば、譜読みはずいぶん楽になるわけです。機械的な作業は余計なことを考えずに機械的にテキパキとこなせるように、はじめのうちからちゃんと訓練しておくべきです。
 そこでmusiconationでは、音高の読み取りが、すべての学習者にとって単純作業になるようにメソッドを開発したわけです。
 これにより譜面は緊張を強いるものではなく、ピアノという乗り物で風景を見て回るための地図のようなものにすることができます。

 自転車に乗れるようになれば、どんどんサイクリングすればいい。
 字が読めるようになれば、どんどん読書すればいい。
 譜面が読めるようになれば、どんどんいろんな曲を音にすればいい。

「音符を読む」と「譜面を読む」

 「音符を読む」と「譜面を読む」の意味を考えておきましょう。

 「音符を読む」というと、「その音符の音名をドレミなどと言い当てる」ということになってしまいがちです。ここを図式的な処理に変えることがポイントです。

 しかし、これまでの習慣によって音符を見た脳は無意識のうちに音名を認識しようと動きはじめます。この習慣を変えるためにツールを併用し、会話しながら譜読みするなどの、音名読みができない状況を意識的に作るわけです。

 たとえば、英語の文章を読むとき、「piano」という単語を目にしたとき、「ぴー、あい、えい、えぬ、おう」と1文字ずつ認識するのが音名で読むのにあたります。
 従来の教育法での、「音名読みでの練習のまま読譜力を養成していく」というのは、この状態から「ぴあーのう」という単語として認識できるように、どこかの時点でジャンプすることを期待しているわけです。「個々のアルファベットの読みは無意識のうちに認識できているが、pianoという単語全体の読み取りが優先できる」という状態です。
 これが三輪車から自転車へのジャンプです。

 musiconationのツールを使った譜読みでは、個々の音符の音名は知らなくてもできます。
 図式的な認識は、訓練によって「いっぺんにまとめて見る」という「パターンで認識する能力」にスムーズに移行できます。音符が多い煩雑な譜面になっても、読み取りの負担はそれほど増えないわけです。むしろ音にしたときの楽しさが増えるので、一見難しそうな譜面のほうが楽しく感じられるようになるかもしれません。

■図式的な読み取りとは

音高の図式的な読み取り(ムジコネ方式)のプロセス

 次の譜面を例に説明していきましょう。

 ここでまず読み取らなければならない情報は、五線に付けられる音部記号と調号です。これらによって、五線が鍵盤にどう対応するかが決まります。つまり、個々の音符の音高情報を読み取っていくときの前提となる情報です。

 上の五線にはト音記号、下の五線はヘ音記号で、一般的な大譜表と呼ばれるピアノ用の譜面です。また、調号は♭(フラット)が1個です。
 これらの情報から五線と鍵盤との図式的な関係は次の図のように決まります。

 五線が鍵盤に接続するところで、五線の線に対応する鍵盤に黒い丸マーク、五線の線の間に対応する鍵盤に白い丸マークを付けています。五線上のどの音も、この図式的な対応関係から、どの鍵盤を弾くべきかがわかります。

 楽譜に戻って音符を読み取りましょう。基本は同時に鳴らす音を順に「確実」に読み取っていくことです。

 ここで注目している4つの音符(ト音記号部で2個、ヘ音記号部で2個)について、さらに音高情報だけにしてみましょう。

 音符から音の長さなどの情報を取り除いた姿とは、串に団子(だんご)が並んでいるだけの図になります。つまり、音高の読み取りとは「団子が串のどこにあるか」を読み取るということにほかなりません。
 そのとき、音符のもっとも基本的な図式的な特徴は、それが線に乗っているかどうかの違いです。五線の線に乗っている音符を「せん(線)」、そうでない音符を「かん(間)」と区別します。いつまで経っても音符の読み間違えが直らない人は、この区別を音符を見た瞬間にできているかどうかチェックしましょう。
 「せん」と「かん」は意識しなくても確実に認識できなくてはなりません。

 串と団子の図を、90度回転させると、鍵盤と音の高さの方向がそろいます。

 中央の1本の串をはさんで5本の串のセットが左右に並んでいます。4個の団子は、左側の串のセットの右端の2本に「せん」、「せん」、そして中央の串の「せん」と並び、さらに、右側の串のセットの左端の2本の「かん」にあります。

 この団子が配置されたイメージを、そのまま鍵盤上のマーク(せんとかん)にしたがって投影します。音名やト音記号とヘ音記号の違いも考える必要はありません。串との位置関係だけで鍵盤上に団子を投影することがポイントです。
 

*補筆
 ここでの譜面の音符を読み取るプロセスは、図式的な読み取りの初心者にとって、このプロセスの段階を意識することで、音名読みの癖から脱するための重要な訓練となります。
 しかし、図式的な読み取りに習熟してくると、「音符を見た瞬間に鍵盤位置がイメージできる」ようになります。つまり、ここでの団子の切り取りや回転は無意識的に行うプロセスに変わります。
 これが「読譜はおしゃべりしながらでもできる」というムジコネメソッドの大きな特徴につながります。
 また、ここで鍵盤イメージを持つ重要性が浮かび上がるわけですが、これがnmメソッド開発の契機です。

図形的な読み取りのメリット

 以上が音符を図式的に読み取るプロセスです。単純作業という理由がおわかりいただけたでしょう。
 ドレミの音名や、調の名前などを気にする必要がありません。音符が「せん」であるか「かん」であるかを瞬間的に見分け、どの串(五線の線)に音符が配置されているかを、鍵盤に投影するだけです。

 はじめのうちは、「この線は何本目の線で」といった具合に、音符と五線の関係を「解釈」しようとするかもしれません。しかし、こうした「解釈」という時間を排除するための図式的読み取りです。五本の線を1セットの図形的なまとまりでとらえることが重要です。

 少し慣れてくると、4個の音符を1度に鍵盤に投影することもできます。

 譜読み、つまり、音符の音高を順次読み取っていくという作業は、団子を移し変える単純な作業の連続ということになります。会話しながらでもできることです。

 ただし、このとき大きな役割を果たしているのが、五線の「せん」と「かん」の音高を鍵盤上で指示するmusiconationの音高指示ツール(ムジコネ音高指示ツール)です。
 このツールを譜読みのときの補助輪として活用しながら「機械的な」読み方を訓練してくのが新しいピアノメソッドの基本です。

 目標は、このツールがなくても、どんな調であっても、譜面の音符を見るだけで鍵盤のどこを押さえればいいかを瞬間的にイメージする能力を持つことです。
 その能力は、特別な才能や難行苦行などを必要とせずに、自覚しながら、着実に育てていくことができます。
 しかも、慣れるにしたがって、初心者用の「つまらない」曲ではなく、自分で好きな曲で手当たりしだいに練習できます。
 テクニック的に難しい曲も、読む速度を落とすことで、やさしくしていくことができます。
 逆にストレスを感じている状態で譜読みをしても効果はありません。1個1個、音を順に丁寧につなげていくことで、知らない曲が音楽として響いてくる喜びを練習の報酬にしましょう。

●音高の読み取りはゲーム感覚で

 musiconationは、ピアノ学習全体を単一のモノサシで競争の場にすることには反対です。しかし、子供が持つ(大人もそうでしょうが)、「競いたがる」本能を特定のスキルの養成に使うことは大いに勧められます。
 ここでの音高の読み取りは、「反射的」な能力なので、人と競うことで学習効果を大きく上げられます。ムジコネ教材の「音高指示大パネル」は、兄弟姉妹や親子などでゲーム感覚で図式的読み取り能力を鍛えられるように考えました。大人が独習する場合でも、自分自身への課題設定によって、モチベーションの高い練習ができるでしょう。

●音高指示ツールを使って「せん」と「かん」で読む利点

・個々の音符を音名で読む必要がない
・ヘ音記号もト音記号も同じように読める
・どんな調でも同じように読める
・音符を模様で読むので、複数の音符も一度に「絵」として読める

●音の長さの読み取り能力はどう鍛えるのか?

 音の長さの読み取りとは、音符を長さをリズムのなかで再現するということです。
 これは打楽器の演奏と同じように考えることができます。「音楽に乗って楽しく演奏していく」わけです。そのためには、前提として音高が機械的に楽に読めていないといけないわけです。
 リズムをとらえて演奏する能力は別の能力として鍛えていく必要がありますが、初心者のうちは、音高をでてきた順に確実に読んで弾くという練習でいいでしょう。
 musiconationでは、リズム感をどう音楽的なものとして鍛えていくべきかというテーマでのメソッドとツールの開発も進めています。

●もうひとつの図式的アプローチ

 譜面の図式的な読み取りについては、ここでの、音符と五線との図式関係という1次的な情報以外に、「音符どうし」の図式的関係もあります。
 たとえば、現在弾いている音符に対しての、「同じ音」、「隣の音符」、「ひとつ飛ばしの音符」や「オクターブ」といった認識です。
 こうした「音符どうしの相対的な位置関係」は、そのまま「指の動かし方」に読み替えていくことができるので、譜読みの効率が上がります。
 初心者段階での「譜面に慣れてきた」という表現は、これらの知識によって、いちいち全部の音符に対して指を目で確認しなくてよい状態を指すことも多いでしょう。

 しかしながら、「音符の相対的な位置関係」で読む能力は、しっかりとした鍵盤イメージ(とくに全調の音階の鍵盤でのイメージ)ができていないと、鍵盤を目で確認して「隣の音」などをさがすことになります。生徒によっては「勘で譜面を読む」といったルーズな譜読みにつながりかねません。

 譜読みがいつまでたっても上達しないのは、「音高を音符と五線との関係(つまり「せん」と「かん」)で確実に読み取り、鍵盤イメージに読み替える能力」という土台ができていないからです。

 逆に、この土台ができていれば、「音符の相対的な位置関係」を読み取る能力の向上にしたがって、「鍵盤をほとんど見ることなく、すらすらと譜面を読んでいく能力」につなげていくことができます。「譜面を見るだけで、脳のなかで勝手に指が動く」といった感覚です。

■従来との比較

従来との違い

 従来のピアノ教育は「ピアノに挫折する人のほうが大多数」ということを暗黙の了解としています。
 そして、ほとんどの挫折者は「譜面が嫌い、シャープやフラットや黒鍵が苦手」といったトラウマを持っています。

 従来の教育方法に内包されている挫折にいたるスパイラルについて、別に論考をまとめています。興味のある人は読んでみてください。
 »
「ピアノに挫折する理由」

 では、従来の教育方法でどのように読譜力が養成されているのか見てみましょう。次のような2つの段階になっていると考えられます。

●初心者段階 … 音名での翻訳

・ドレミの音名を教え、楽譜をドレミで読めるようにする。
・鍵盤にドレミで名前を付けて、音名で鍵盤をさがせるようにする。

●初級者~中級者段階 … 図式的記憶の蓄積

・さまざまな練習曲や曲を段階的に習得していく過程で、五線上の音符を見るだけで鍵盤のどのへんを弾けばいいかの記憶を明確化し、固定化していく。

 ただし、従来の教育方法で上記の段階が明確に意識されているわけではありません。多くの教師や学習者は「たくさん練習することで自然に読めるようになっていく」という感覚をもっている程度です。

 そのため、学習者は、暗譜と運指の練習だけで「上手にピアノを弾ける」ようになっていっても、楽譜に苦手意識を持ち、譜面を読むことにストレスを抱えたままということになりがちです。
 しかも、学習が進むほど譜面は複雑になってくるため、読譜にかかるストレスは大きくなるばかりです。まるで、そのストレスへの耐性を才能と読み替えているかのように…。

 その結果、なにかのきっかけ(たくさんの練習、厳しい指導、もとからの適正など)で図式的な読み方を身に付けた生徒しか生き残れないわけです。

 musiconationの新しいメソッドと、従来の学習方法の違いを次のような表にまとめてみました。

音高指示ベルトを使った方法 従来の方法1 従来の方法2
鍵盤の
探し方
視線の移動によって音符を鍵盤に読み替える図式的な方法。 音符を音名で読み取って、その音名を頼りに鍵盤を探す。翻訳型の読み取り方法。 音符の五線上での位置から、経験的に鍵盤の位置を思い浮かべることができるようにする方法。
音名で翻訳する方法から、長年の訓練によって移行する。最終的には図式的な読み取り方法となる。
ストレス 音高の読み取りだけなら、ほとんどストレスがない。
間違えても、すぐに正解が目で確認できる。
譜面に対してはじめから音楽的に取り組める。
慣れないうちは、譜面と音高指示ベルトで視点を移すことに疲れる。鍵盤のイメージが把握できてくると、楽になってくる。
ドレミを覚えることからはじまる。
初心者のうちは、五線を指で数えて音符の位置を確認したり、鍵盤をドから数えたりする。つまり、譜面を読むことだけで精一杯となり、譜読みにおいて音楽的な経験は得られにくい。
ストレスが大きいので、集中力も持続しにくい。
譜面から音名がすぐに読み取れる能力と、鍵盤のイメージが頭のなかにできあがっていれば、不自由のない読譜力が得られる。
どちらかがあやふやなうちは、音名や鍵盤イメージを思い出す作業で大きなストレスを感じてしまいがち。
読み間違えた場合にも、思考が停止してしまいがち。
調の問題 幼児でも、どんな調の譜面にも対応できる。
ただし、音高指示ベルトの補助が前提となる。
ハ長調が基本となるため、初心者の練習がハ長調にかたよる。
ハ長調から順に、シャープやフラットが多い調に学習をすすめていくため、調への抵抗感や苦手意識を植え付けてしまいがち。
黒鍵に恐怖感を覚えたりする場合もある。
●音名読みについてのあれこれ

 楽譜を読むということを、「識字」つまり文字を読む能力にたとえて考えると、「音符を音名(ドレミ)で読むというのは、文字では「あいうえお」の読み方を知るというのと等しく、音符の読み取りの基本は音名読みにある」と考えてしまいがちです。
 しかし、この考え方は根本的に間違っています。なぜなら、「あいうえお」の読みを知るというのは、それぞれの文字を見たときにどう発音するかということであり、それぞれの文字が唇や舌などの発声に関わる筋肉をその音が発声できるように動かす動作の指示を体が覚えるということです。

 一方、音符を見て音名を言い当てるというのは、個々の音符を特定する名前を認識するというだけであり、音符に別の「読み」という情報を加えるだけに過ぎず、音名そのものには音楽的な意味はありません。音名が音楽的に有用になってくるのは、音名がさらに実際の音の響きの記憶や、鍵盤でその音を出すための鍵盤位置のイメージといった情報に無条件で結びついて、瞬間的にそれらの情報が引き出されなくてはなりません。

 なお、音名に絶対音感が結びつけば、ある種の音楽的な才能を手に入れることができると思われるかもしれません。しかし、そもそも絶対音階は「音高記憶の固定」という意味しかなく、「基準音が固定された平均律という枠組みに限定された音楽の世界では便利」といった程度のものです。
 幼児のうちに特別な訓練などしなくても、幼い頃から楽器を練習していくことで「自然に身に付いていた」というケースも多いです。
 むしろ、脳が認識するピッチを厳密に固定してしまうことによって、基準音や音律(調律の仕方)の異なるバロック音楽や、ピッチを本質的な要素と考えない民俗音楽などを「狂った音程の音楽」と認識してしまう融通の利かない耳にしてしまうという懸念もあります。
 人類と音楽との関わりにおいて、絶対音感というのは、限定された環境への過剰適応と言えなくもありません。もちろん、その環境ではプラスの特質ではあるわけですが。

ツールの効果

 musiconationの新しいメソッドは、初期のツールが開発できたところから、おもに子供を対象に実践を開始しました。
 そこでまず確認された効果について、ツールの導入後とそれ以前とで比較してみます。

●ムジコネツールを導入すると



 (1)楽譜に集中し、音符の図式的な特徴(線と間、縦の位置)を読み取る。

 (2)鍵盤の奥にセットしているパネルを参照して弾く鍵盤を見つける。





 この2段階の作業を繰り返すことで楽譜の音を順に鳴らして、譜読みを進めます。

*補筆
 これを執筆した時点では、譜面を見る時間とパネル(および鍵盤の奥)を見る時間について言及していません。
 譜面をパネルで図式的に読む練習を続けていけば、自然とパネルや鍵盤を見る時間は減るという前提がありました。
 基本的に、視線はずっと譜面を追っていき、パネルや鍵盤は「ちらっと」見るだけにします。つまり、譜面から視線をはずす時間は、目標としては0を目指します。「頭の中の鍵盤イメージで位置がわかるので、譜面だけを追っていけばいい」というのが理想です。教材テキストでもその点を強調しています。
 実は、これを強く意識して練習できるかどうかが、図式的な読み取りに脳が適応するかどうかの”鍵”になっています。そのため、鍵盤イメージを強化するためのnmメソッドを開発し、現在では、パネルでの譜読みとnmメソッドを併用して指導するようにしています。

 どんな調でも、それに合わせたパネルをセットするだけです。
 途中で詰まらないように、十分にゆっくりとしたテンポで音楽の流れを保ちます。途中で弾き直して指の練習することは避け、読譜に集中します。

 この練習方法によって、
 「わからない」という状態で止まらないので、譜読みに集中でき、余計なストレスがなくなります。
 鍵盤を常に広い視野でとらえる習慣がつくので、よい姿勢が保たれ、指が力んでへんなクセが付くことも防げます。
 疲れが少ないので、集中した時間を保つことができます。
 両手で一度に4つの音を読み取れるようになれば、すぐにバッハの平均律の4声のフーガなどで練習できます。1曲をはじめから最後まで、ていねいに弾くことは、すばらしい音楽体験となります。
 つまり、無理なく、学習者が自発的に、自然な音感や豊かな音楽性を見に付けていく練習になります。
 また、広い視野で練習することは、頭の中に鍵盤配置のイメージを作るための基礎となります。パネルが必要なくなってくるころには、鍵盤をいちいち見ないでも、すらすらと初見ができるようになっています。

 もうひとつ注目したいのは、教える側の負担が大きく減った点です。生徒がストレスを抱えた状態は、同時に教師側もストレスを感じる状態です。それがなくなって、譜読みの過程での指示は、すべて具体的な「ここはこれ」といったものだけで済むようになったわけです。
 むしろ、これまでの譜読みの習慣から緊張状態になってしまいがちな生徒に、「おしゃべりしながら譜面を読んでいきましょう」と、譜読みが単純な作業を基本にしていることを教えるために、レッスン自体をリラックスする方向にすることができるのが大きなツールの効果となっています。
 これは、レッスンがより音楽的な時間となったことを意味します。「芸の仕込み」に陥らなくて済むということです。

●これまでの譜読みでありがちなこと


 楽譜を読むときは音名に翻訳して、その音名を頼りに鍵盤を探す。


 これが従来の入門方法であり、譜面を図式的に読み取る能力は「ピアノを続けているうちに、そのうち身に付くもの」とされ、適切な訓練がなされません。

 従来の方法では、ハ長調がやさしい調となり、♯や♭が増えるほど難しい調となります。
 初心者の段階ではほとんど白鍵のみでの指練習となり、あとで出てくる黒鍵が苦手になります。
 弾く音が増えてきたり、♯や♭がついてくると、音名で読み取るのがたいへんになり、譜読みのストレスが増大します。
 どの鍵盤を弾いていいのか「わからない」状態に陥りがちです。
 音名で鍵盤を探すとき、右上の図のように、指先と、そのまわりの白鍵だけの狭い視野になりがちです。
 狭い視野では、鍵盤配置のイメージが頭の中にできません。いつも指先を見ないと正しい鍵盤位置にいきません。
 狭い視野は、首をひねる動作となって姿勢が崩れます。これが、肩、腕、指などの力みの原因となります。
 姿勢の悪さは疲労につながり、すぐに集中力がなくなってしまいます。
 姿勢の悪さと集中力のなさは、教師や親にガミガミ言われるので、余計に嫌になります。
 いつまでも初心者用の練習曲が中心となります。
 つまり、譜読みはストレスの原因となり、学習を進めていってもストレスが大きくなる一方です。

             

■指と心を同時に育てる

図式的な譜読みで脳は音楽的になれる

 音高の読み取りを図式的に行うことで、これまで譜読みで緊張を強いられてきた脳が楽になります。リズムが複雑でなければ、「おしゃべりしながら」でもできます。
 脳に余裕ができれば、音高の読み取りという機械的な作業をまとめて行えるようになってきます。これが「先読み」です。
 本を読むとき、文字を覚えたてでない限り、1文字ずつ声にだすような読み方はしません。あらかじめ単語や文章のかたまりで認識することで、文章内容を脳に反映させながらスムーズに読んでいくことができます。
 これと同じように、まとまった範囲の音符の音高を先読みすることで、まとまったフレーズとして表現できるようになります。

 もちろん、音高指示ツールを使い始めのうちは、ツールに慣れるという余分な負担がストレスになるでしょう。しかし、「緊張してはいけない」という方針で取り組むことで、音高指示パネルを広い視野で捉えることができ、譜読みが楽になってきます。
 はじめのうちは、とにかくテンポを十分過ぎるほど落として「あせらず、緊張しない」ことです。

 ただし、テンポを落としても音楽はつながるように意識します。テンポを落とすというのは、太極拳のようにスムーズに速度を落としていった状態です。音楽の流れそのものは意識して心で支えるようにします(太極拳で重心を感じてふらつかないようにするのと同じように)。

 楽にスムーズに、ゆったりと進めていくのがポイントです。途中で同じところを何度も弾きなおして指に覚えさせるようなことは意識して避けましょう。
 手回しのオルゴールをゆっくり回すように、自分がゆっくりと弾いていく音に耳をすませましょう。耳を開くのです。

譜読みがピアノの新たな楽しみとなる

 緊張しない状態で、耳を開いて、柔らかな指で譜読みが行えるようになると、心が曲と直接つながってきます。というよりも、必ずそうなっていくと信じて練習してみましょう。

 本を読むように、譜面を読んで鑑賞できる状態です。
 ただし、指定された本来のテンポよりもずっと遅い演奏となります。曲によってはテンポが速いことが曲の命となっている場合もありますが、しかし、どの曲もゆっくりとしたテンポで弾くのは可能であるし、それは有意義なことでしょう。

 ていねいに譜面を見ながら弾いていくことで、曲の響きの変化を心に投影できるようになると、とても譜面が楽しいものであると実感できるでしょう。
 そして、さまざまな曲の譜面を積極的に読んでいくことで、音楽というものを曲から学べるわけです。これは、どんな優秀な教師の教えよりも有意義なものとなるでしょう。作曲が書いた譜面に勝る教師はいないわけです。

 このように曲を発見していく譜読みは、芸として暗譜したレパートリーを増やしていく練習では得られない、ピアノの楽しみ方です。
 観客を必要とせず、自分と曲との対話です。知らない曲がどんな音になるか、譜面を冒険していくという楽しみです。そこに挫折といった言葉はありません。手に負えない曲に出会うのも楽しみのひとつだからです。

 また、そうした能動的な譜面とのかかわりは、自分のなかに「指揮者」を育てることにつながるでしょう。
 指揮者が楽譜を自分でピアノでおさらいするときと同じような態度で譜面に対するからです。
 その意味で、オーケストラなどの音楽に合わせて子供がやるような「指揮者ごっこ」をしておくと、譜読みにおけるリズムの読み取りや音の抑揚づけなどがより音楽的になるでしょう。

●音の長さの読み取りについて

 譜面を読んでいくとき、音の長さは、ある音符の長さを基準にして、2分の1の長さ、4分の1の長さなどを認識していくのが基本です。
 基準とする音符は、四分音符や八分音符など、テンポや曲調(音符の使われ方)によって譜面から判断します。
 そして、基準となる音符の長さを、自分のなかでイメージし(拍動を脳内で作り出す)、それを元に2分の1や4分の1をさらにイメージしていくことになります。
 このとき前提として、自分の脳内で一定の拍動をキープする能力が必要になります。これは、わかりやすく言えば、頭のなかに指揮者がいないといけないということです。
 とくに初見演奏ほど、鳴らした音の響きを捉えてその音楽が生きるように意識しなくてはいけないでしょう。

 しかしながら、従来の指導方法では、音の長さを「メロディーを歌って覚える」ことが中心となっているため、明確にテンポやリズム(拍動)についての感覚を養成する訓練が十分に行われているとはいえません。
 いわゆる「うまいんだろうけど、聴いていてもわくわくしない」演奏につながりがちです。


●どんな譜面に取り組めばいいのか

 基本的に曲の難易度というモノサシは無視し、「手当たりしだいに読む」姿勢でいいでしょう。
 そのとき便利なのが、インターネット上でパブリックドメインとして公開されている譜面です。代表的なのは、 »IMSLP です。
 musiconationのピアノメソッドの開発も、数百年前の鍵盤楽器用の譜面(五線譜ではなく6線や7線のもの)から、パブリックドメインとして扱える著作権保護対象外の1900年代前半くらいまでの譜面まで(通常のクラシック音楽ではほとんどこれで十分でしょう)、さまざまな譜面を読んでいった経験が元になっています。
 ピアノ以外の楽器の譜面も読むのもおすすめします。
 暇な時間に雑誌を広げるように「今日はこの作曲家の作品をちょっと触ってみよう」という楽しみ方でいいのです。
 録音技術がなかった時代は、譜面だけで楽しむということも「当たり前」だったのですから。


指はどのように育てるのか

 譜読みが図式的にできると、余計なストレスを取り除けます。それによって、指の力みが取れ、指先を敏感に保てます。
 この状態で、決してあせることなく、譜面の音符をゆっくりと忠実に音にしていきます。出てくる響きに耳を開いておくことで、次の音符をどんなふうに弾くかが自然と判断できればいいのですが、基本は、一定の音色で音をつなげていくように弾くことになります。
 これによって、楽器と格闘せずに、曲の世界を進んでいくための「乗り物」のように意識できればいいでしょう。これが自発的(スポンテイニアス spontaneous)なフレーズにつながり、音楽的な指を育てることにつながるでしょう。耳と心が指を育てていくわけです。

 ただし、譜読みだけでは、自在に動く柔軟な指は育ちません。ピアノの演奏は筋肉とそれを操る神経が関係する「運動」なので、技巧のための訓練は必要です。テクニックを身に付けることで譜読みのスピードを上げていくこともできます。

 musiconationでも、表現力豊かでスピーディーな指を効率的に作るための教材(メカニカルを目的としたトレーニング教材)も開発中です。

*補筆
 ピアノのメカニカル教材の第一弾が、書籍「黒鍵で育てる指と耳~初心者から上級者まで(ムジコネイション刊)」です。アマゾンで販売しています。

 指の筋肉と神経のメカニカルな特訓と、指の表現力を育てるための譜読みは、区別して譜読みのときに「同時に指の特訓もやろう」と考えないようにしましょう。練習における選択と集中を意識しておきましょう。

●譜読みと心の重心

 指に対してもっておきたい感覚は、「下に沈まない」ということです。
ゆっくりと譜読みをするときも、1音1音を弾くたびに、心を下げないようにしましょう。
 クラシックバレエのダンサーは、入門したその日から「上へ」という意識を叩き込まれます。
 それと同じように、演奏を開始したら心の重心を上に保って、指や手が下にだれないようにしましょう。舞台上のバレエダンサーのように。
 この「上へ」の意識は、メカニカルなトレーニングで追求すべき「速さ」につながります。
 別のたとえでいうと、歩くときにも「上へ」の意識をもっていると、スムーズに走ることに移行できるということです。「歩くスピードを速くしていけば走る状態になる」というが間違いであるように、「上へ」の意識がないままスピードを上げようとしても、あせって力むだけになり、自在で素早い指を作る練習にはなりません。


暗譜やレパートリー作りはどうするのか

 ムジコネ音高指示ツールを使用した図式的な譜読みは、「本を読むように、譜読みを楽しむ」ということを目標にしています。
 この練習段階では、レパートリーとして身に付かせるための前提となる「暗譜」も意識しません。
 「今弾いている部分を覚えていこう」としようとすると、脳が緊張してしまいます。指揮者が行うような譜読みで大事な「心を開いて音の響きを感じ取る」ことがおろそかになるでしょう。
 ここでも選択と集中です。譜読みをするのなら、なるべく無心になって譜面の音符を音にしていくことに集中すべきです。
 そして、その曲をレパートリーにしたいと決心したら、そこでモードを切り替えます。ここからは従来の「芸を仕込む」意識も必要になってきます。曲に指定されたテンポで弾くための特訓がはじまるわけです。

 譜読みでは自分の心に向かって響かせるだけですが、芸つまりパフォーマンスは聴き手への責任が出てくるから当然のことです。

 しかしその場合でも、「暗譜したら譜面から離れる」ということにはなりません。指揮者がすべて暗譜している曲を何度でも譜面を読み直すように、譜面を読み直すたびに、新たな発見や暗譜の過程で抜け落ちた情報を見つけることができるでしょう。
 この点において、レパートリーを単なる「仕込んだ芸」ではなく、常に現在の自分と関わりを保った作品として向き合えるわけです。

 また、暗譜をするときにも、やみくもに指の動きだけを覚えていくのではなく、曲としての風景を譜読みで受け取っていれば、忘れにくい暗譜、より音楽的な暗譜ができるでしょう。

 musiconationでは、「曲をどのように受け取り、どのようにテクニックを身に付け、どのように暗譜し習得していくのか」ということをテーマにした、具体的な曲ごとの教材も今後提供していく予定です。

●パフォーマンスで追求すべきもの

 発表会や演奏会などでの演奏は、「成功か失敗か」ではなく、「音楽を生きたものにする」ことを目標にしましょう。そのときのポイントは次のようになります。

 ・余裕を持って弾けるテクニック持つ
 ・練習の再現ではなく、「いま」を演奏する
 ・自分にひらたらず、響きをとらえていく

 少し抽象的なポイントですが、演奏会での演奏は「暗譜した指の動きを再現する」ことではなく、その曲が演奏の瞬間に演奏者の「こころ」にどのように響いて、どんな世界を描いているかを伝えることです。ふだんからの自発的な譜読みで曲の世界を自分で心に描く経験が、こうした力につながります。
もちろん、テクニックの問題があるようなのは論外です。芸の道はとても厳しいのです。


ツールの使用がツール卒業につながる

 ここまで、ムジコネ音高指示ツールを自転車の補助輪のように使って読譜力を向上させる仕組みと効果について述べてきました。
 ここで「音高の読み取りの肝心の部分を道具に頼る」ことで、これで身に付く読譜力は「まやかし」ではないかという疑問が生じているかもしれません。

 つまり、補助輪としてのツールは「いつ、どうやって卒業するのか」という問題です。

 その答えは、「自転車に乗れるようになると補助輪が必要なくなる」のと同様に、「音高指示ツールで譜読み練習をしていくこと自体が、ツールに頼らなくなるための練習になっている」となります。

 音高指示ツールを使った譜読みは、使いはじめのうちは、譜面と音高指示パネルのマークと鍵盤で頻繁に視線を移動しないといけないために、これまでになかったストレスがかかることになります。
 しかし、その場合、「譜読みはおしゃべりしながらでもできる単純作業である」と意識し、実際に独り言などを言いながら譜読みをしていくことで、譜読みにつきものであった緊張が不必要なことがわかってきます。
 これは、広い視野で音高指示ツールをながめることにつながります。この状態は、ピアニストが譜読みしながら鍵盤を「ちらっ」と見る視線の使い方に近いものです。
 もともと音高指示ツールは鍵盤の奥側にセットしているので、鍵盤を奥まで認識する訓練になっています。これが横にも広がることで、鍵盤のイメージを脳に焼き付ける効果的な訓練となります。

 五線の5本(あるいは10本)の線全体をカバーする視野で鍵盤を見ることが、「目をつむっても鍵盤をイメージでき、それを弾くことができる」という頭のなかのピアノを作ることにつながるわけです。

 それに加えて、ムジコネ音高指示ツールの大きな利点は、はじめから全調を平等に扱う立場にあります。これは全調での音階(ダイアトニック音階)を譜面と対応した形で身に付けるための練習が自然にできているということです(全調での練習の意義は次で解説しています)。

 ここで挙げた、「頭のなかの鍵盤イメージ」と「全調の音階の鍵盤上のイメージ」の習得が、自転車での「バランス感」にあたり、補助輪の音高指示ツールを卒業するカギとなります。どちらもムジコネ音高指示ツールを使用することで効率的に習得できるものです。

*補筆
 ここで強調している「頭のなかの鍵盤イメージ」がnmメソッドにつながり、それは「全調の音階の鍵盤上のイメージ」の習得ツールにもなっています。

目標とする読譜力

 以下に、ムジコネ音高指示ツールを使った新しいピアノメソッドが目標とする読譜力についてまとめておきます。

  • 音高指示ツールがなくても、音符を見ればどの鍵盤を弾けばいいかがすぐにイメージできる。
  • ピアノがなくても譜面を見ながら頭のなかで鍵盤を弾く様子をイメージできる。
  • 譜面を読み始めると自然に心を音楽の流れに乗せることができ、タッチなどの表現はその大きな流れに沿って的確に使い分けることができる。
  • いろいろな作曲家のいろいろな曲を実際に譜読みした経験を持つ。
  • その成果として、たとえば加線(五線の外側に追加される線)がたくさんある音符や、臨時記号が複雑に付けられるような曲に対応できるようになる。
  • リズムなどが比較的読み取りやすい曲では、かなりテンポを早くして譜読みができる。

■はじめから全調

調は難しいものではない

 musiconation の音高指示ベルトの大きな特徴は、全調に対応していることです。
 初心者のときから、すべての調でピアノに接することは、ピアノ上達にとても重要です。将来的に学習の壁となるようなもの(調号や黒鍵への苦手意識)も作らずにすみます。

●調とはなんでしょう?

 調とは五線譜に♯や♭が付いていくことで、「ハニホヘトイロ」と「長短」の組み合わせ。頭に「変」や「嬰」が付く。といったことが頭に浮かぶでしょうか。こんなことは忘れてください。

 ムジコネでの調の説明は、「調はダイアトニックスケールの主音が12音がどれであるかを示すもの」となります。もっと簡単に言うと「階段はどこから?」ということです。

 ダイアトニックスケールとはピアノの白鍵と同じように「全音、全音、半音、全音、全音、全音、半音」の間隔で並んだ7個の音階のことです。全音は半音の2個分の音程(音の距離)のことです。
 つまり、白鍵と同じような音階のハシゴ(=階段)を、どこに掛けるかというのが調です。
 五線譜のト音記号やヘ音記号の隣に付けられる調号(♯や♭)は、その五線がどの音階のハシゴに対応しているかを示すものです。

 ムジコネの音高指示ツールにとっては、譜面の調の違いは、調号の♯や♭の数の違いにすぎません。調の名前を知る必要はありません。幼児でも、どんな調の譜面でも調号を見るだけで、その譜面用の音高指示ツールを自分でセットできるわけです。


 上記のように調が理解できていれば、調によって難易度を設定するのは意味のないことが理解できるでしょう。指導者が「調を理解させるのは難しい」という思い込みがあるだけのように思われます。

 調と難易度が無関係だとわかれば、「譜読みの基本が単純作業」だということがもっと実感できるかもしれません。

 むしろ、ピアノ学習者ははじめてピアノに触れるときから、ピアノを全調の楽器として練習することで、現状のピアノ教育がかかえてる学習の壁を作らずに上達していくことができるでしょう。

初心者から全調で

 従来のピアノ教育方法では、白鍵で入門して、「まず白鍵で指や譜面を読む土台を作る」という考えが背景になっています(黒鍵は、幼稚園で「猫ふんじゃった」を勝手に覚えてくる以外にほとんど使いません)。
 そして、この考えが「調号の♯や♭が増えるほど難しくなる、黒鍵が増えるほど高度になる」といった、意味のないモノサシを作ることになっています。

 以下、初心者から全調で練習していくことの意義をまとめます。

● ピアニストの指が育成できる

 そもそも、「黒鍵を弾く前に白鍵で練習しておくべき」というのは、大きな間違いです。ピアノは白鍵と黒鍵のでこぼこした鍵盤を持つ楽器です。それを白鍵だけに絞って練習するのは、かえって子供にへんな癖をつけてしまうマイナス面のほうがはるかに大きいのです。

 たとえば、生まれたときから舗装された平面の道でしか歩いたことのない子供と、歩きはじめの頃からでこぼこの道を歩く練習をした子供を考えてみましょう。
 明らかに、でこぼこの道を歩いてきた子供のほうが、つま先、かかと、足首、ひざ、足全体、腰および上半身、つまり、すべての筋肉が鍛えられ、それらを協調して動作させる運動能力(脳の学習)が発達しているでしょう。
 言い換えれば、でこぼこ道で育った子供は、さまざまな筋肉を使いこなして、柔軟に道の起伏に対応してなめらかに歩いたり走ったりすることができるわけです。

 逆に、舗装された平らな道しか歩いたことのない子供は、楽に歩けるということで、筋肉や神経の発達がそれほど促されなくなるでしょう。しかも、ちょっとした姿勢の悪さや筋肉の緊張の癖などが、歩き方の癖となって固定されてしまうこともあるでしょう。

 実際、ピアノ学習においても、「まず白鍵だけで指の動かし方を覚え指を強化する」という平面的な白鍵のみの練習していると、指がこわばるほど力んでいたり、その力みから肘や腕を必要以上に曲げてしまうなどの、さまざまな癖を固定してしまいがちです。
 しかも、白鍵を弾く感覚のまま黒鍵を弾こうとすることで、黒鍵が苦手になってしまいます。
 また、白鍵だけに視野や意識がとどまることで、鍵盤の奥のほうや黒鍵のあいだの白鍵のすきま部分を弾くということが「特別なこと」のように感じてしまったりします。これらは無用な意識の壁です。

 はじめから黒鍵と白鍵という「でこぼこの地面」を指が歩いていくといった感覚で練習していくことで、ピアニストの指がすくすくと育つということです。

● 鍵盤イメージを明確にもつ訓練ができる

 頭のなかに鍵盤を描くことができ、譜面を見たとき、そのイメージを鍵盤を弾いて譜読みができる。

 この能力は、特別な才能などを必要とせずに、誰もが訓練で習得可能です。絶対音感があればイメージの鍵盤を正しい音で鳴らせます。逆にこのイメージの鍵盤ができてくる過程で、鍵盤の音も想起できるような自然な絶対音感を身に付けているケースも多いと思われます。
 すくなくとも、基準のピッチからずれていても、イメージの鍵盤を楽器で鳴らす能力は、基本的に年齢に関係なく獲得できるものです。

 さて、こうした鍵盤イメージを作るのに重要なのが、鍵盤を見るときにどういう映像でとらえているかです。
 ハ長調つまり白鍵だけの練習に偏っていては、なかなか鍵盤全体を意識することはできません。模様として黒鍵が重要な役割を果たすからです。
 たとえば「鍵盤を頭に思い浮かべてください」と言われるよりも、「鍵盤で2本の黒鍵と3本の黒鍵が並んでいるイメージを思い浮かべてください」と言われたほうが、より鍵盤らしく具体的なイメージができるということです。

 全調での練習は、見るだけでなく、指でも黒鍵に触れて覚える鍵盤の位置の記憶が無意識のうちに強化されていくことになります。
 これは「目をつむって鍵盤を思い浮かべて、実際に指を動かしながらそれを弾く様子をイメージできる」ということにつながります。

 この能力が強化されていく過程で、ムジコネ音高指示ツールは自然と必要となくなるとともに、どんな譜面でも譜読みしていく能力が身に付くことになります。
 また、視野の広いイメージのまま記憶していけるようになるので、暗譜する能力も強化していくことになります。

● 練習曲が必要でなくなる

 「譜読みの基本は単純作業」、「調はどれも同じで難易の差はない」、これらが理解できれば、ピアノを「作曲家が描いてくれた曲というさまざまな世界を旅するための乗り物」にすることができます。

 「譜面は難しい、調は難しい」という考え方にとらわれていると、練習のための練習のような「やさしい」練習曲でしか練習できません。
 作曲が描いたすばらしい世界に比べると、それらは「ピアニストごっこ」あるいは「ピアノの練習ごっこ」程度の効果しかないと言わざるを得ません。

 バッハ、ハイドン、モーツァルト、シューベルト、ショパン、ドビュッシーなどの作曲家たちが描いた世界に直接触れていきましょう。
 曲の難しさはそれぞれの曲に触れることで、学習者が自分で感じ取るべきものです。

 高度なテクニックが必要とされる曲でも、テンポを遅くしていくことで音は拾っていけます。なかには、ペダルを使いこなさないと手が3~4本が必要になる曲に出会うでしょう。「手が大きくないと無理」というのも多くあるでしょう、そうした演奏不能や理解不能な譜面を見てとまどうのも譜読みの楽しみに含まれます。

 実際に曲に「さわる」ことで何が必要かという目的意識がはっきりすることが重要です。こうした意識が、明確な目的をもった練習用のフレーズでの練習を有意義で効果的なものにすることができます。
 恐れずに大作曲家の名曲に触れていきましょう。

 musiconationが予定しているテクニック練習のための教材も、こうした考えのもとに開発を進めているところです。

*補筆
 書籍「黒鍵で育てる指と耳~初心者から上級者まで(ムジコネイション刊)」では、メカニカルなフレーズの例として、バッハ、モーツアルト、ベートーベン、ショパン、ドビュッシーなどの譜例を適宜紹介しています。


■ジャンルを超えて

本当の基礎力

 ピアノを弾く上で、次のような能力があればいいと誰もが思うでしょう。

・自在に動く指
・音の色合いや強さを正確に聞き分ける耳
・音楽の流れを敏感に感じコントロールする心

 どのようなジャンルに取り組むにしても、これらの能力があれば、柔軟に対応できそうであると予想できます。
 musiconationの新しいピアノメソッドは、こうしたことを常に習得すべきものとして意識しています。

応用の利く音感の育成

 musiconationの「音高指示ベルト」セットでは、読譜力とともに、全調でのスケールと主要三和音の習得にツールを活用する方法とその意義を説いています。

 ここで養成される音感は、西洋音楽の基礎となるものです(基礎からはずれたものを捉えるときにも有用です)。
 曲の習得を、たんに指の動きの記憶にとどまらず、その曲の大きな骨格や流れを捉えるレベルで行うことができます。
 これは、暗譜能力が高まるといった具体的なメリットだけでなく、時代やジャンルを超えた曲どうしの関係までも把握する能力を養成することにつながることにもなるでしょう。

 ここでの西洋音楽とは、クラシックではバロック(それ以前のルネサンスも)から近代までの音楽(調性音楽)、いわゆる「クラシック音楽」のすべてと、フォーク、ポップス、ジャズ、ロックなどをすべて含みます。

クラシックからジャズまで

 クラシックをやってきた人で、「できたらジャズにも挑戦したい」と思っている人も多いでしょう。
 「譜面がすべて」のクラシックから離れて、「即興的な演奏ができればなあ」という憧れです。
 しかし、そもそもクラシックの世界でも、バッハ、ベートーヴェン、ショパンなどは即興演奏能力が極めて高かったと伝えられています。

 バッハで終わるバロック期の音楽では、低音部の細かい部分は演奏者にまかされるのが当たり前でしたし、鍵盤楽器でも和音だけ譜面に提示されて「適当にアルペジオで弾いてください」といった指定があったりします。これらの方法論は、現在のジャズでの即興と共通している部分が多いです。

 もちろん、時代が違うので表面的な「芸風」はずいぶん違っています。しかし、譜面の背後にある骨格や響きの流れを捉える部分では共通しています。

 musiconationのピアノメソッドは、このような演奏者がリアルタイムで音楽の流れを把握していく力も、初心者の段階から全調でさまざまな楽曲に能動的に触れていく経験によって培われていくと考えます。

 また、ジャンルの違いでは、リズム感が大きなテーマとなります。これについても、すべてのジャンルにおいて、演奏を活き活きとしたものにするための大きなファクターであると認識しています。
 表面的な「○○風のリズム」という解釈だけでなく、音楽そのものの鼓動をどう感じるかといった視点で取り組んでいます。

まとめ

 musiconationの新しいピアノメソッドは、年齢や経験を問わず、ピアノを習得したいすべての学習者のために開発したものです。

・曲の難易度のモノサシから離れ、
・黒鍵と白鍵を区別なく扱い、
・すべての調も平等に扱う

 ためのメソッドです。指導者にとっても、従来の教育方法で壁にぶつかる学習者に「努力しろ」以外の具体的な指導方法を提示するものとして活用されることを願います。

 学習者は、ピアノ教師に習っているかどうかに関わらず一人で練習しているときは独習者です。出会う曲すべてが「最善の教師」であると考え、音楽的な心を自発的な動機で育てていきましょう。

 そして、ピアノ教師は「調教師」ではなく、学習者を音楽の世界にどこまでも導くガイド役であってほしいと願います。